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国道6号線で帰還困難区域を通過した走行記 後編 浪江町~いわき市

国道6号線は、福島第一原発事故により、福島県内の一部区間が、
許可車両以外の通行が規制されていましたが・・・
2014年9月15日より、許可を必要とせず通行が出来る様になりました。

そこで、仙台からいわき市まで国道6号線を南下しながら走ってみました。
その様子を、2回に分けてご紹介致します。
今回は後編として、福島県浪江町から福島県いわき市の区間です。

国道6号線16浪江交通規制看板

放射線量が一番高い「帰還困難区域」が近づくと、この様な看板が何度も
登場します(2014.9.15より通行可能となった区間)。
「帰還困難区域」は、車内を密閉できる自動車しか通行できません。

国道6号線17双葉帰還困難区域入口

浪江町から双葉町へ入ります。同時に、帰還困難区域へ入ります。
ゲートがある訳でも無く、警察や警備の人もおらず、「ここから帰還困難区域」
という看板が立っているだけで、そのまま進入できます。

ちなみに、この少し手前に「スクリーニング場」が設けられていました。
避難区域から出てきた車両が、放射線量を計測したり洗浄する施設です。

国道6号線18帰還困難区域

帰還困難区域に入ると、道路はガードレールかフェンスが切れ目なく設置
されていました。
「道路から絶対出るなよ!」という無言の圧力を感じます・・・。

国道6号線19帰還困難区域双葉町内

双葉町内に入りました。
交差点はもちろん、店舗や家屋の出入り口や路地に至るまで、全てフェンス
や仮設ガードレールで封鎖されています。
国道6号線をまっすぐ進むしかない状況となっていました。
車の交通量はとても少なく、人の気配が全くありません。
歩道や駐車場は雑草が多く、人が生活している街とは明らかに異なる雰囲
気に満たされています。

国道6号線20帰還困難区域看板

「注意 ここは帰還困難区域(高線量区間を含む)」の看板。
放射線が高いとか、体では全く分かりませんが、異様な雰囲気と緊張感が
あり、長居してはいけないと言う事だけは本能的に分かる不思議な所。

国道6号線21帰還困難区域大熊町入口

福島第一原発が立地する大熊町に入ります。
写真の坂を下った左側(海側)に、福島第一原発があります。
走行する車内からは、その姿は見えませんでした。

国道6号線22帰還困難区域沿線

田畑が広がっていたであろう国道周辺は、一面雑草に覆われていました。

国道6号線23帰還困難区域大熊町内

大熊町内の集落を通過します。
全ての家屋が、可動式フェンスと仮設ガードレールで封鎖されていました。

道路に案内板等はありませんでしたが、後でネットで調べてみると、帰還
困難区域内は、駐停車禁止で空調は室内循環が推奨されていました。

国道6号線24帰還困難区域富岡町内

富岡町に入りました。常盤富岡IC方面へ県道に入り、町の中心部である
「夜の森」地区へ行ってみます。

国道6号線25帰還困難区域JR常磐線

途中、JR常磐線の線路が宙ずりになっていました・・・。
地震で路盤が崩れたまま放置されている様です。

国道6号線26帰還困難区域富岡町内フェンス

富岡町の夜の森地区は、居住制限区域と帰還困難区域の境目となって
います。
帰還困難区域へ通じる道路は、写真の様にフェンスで封鎖されています。
ちなみに、フェンスの柱には監視カメラが設置されています。
来る途中「町内全域をカメラで監視しています」という看板がありました。

国道6号線27居住制限区域富岡町内

居住制限区域の夜の森町内です。
黄色いテープの規制線が張られ、家屋には立ち入れない様です。
「除染完了」の緑色パイロンがあちこちに立っています。
帰還に向けて除染作業が一軒一軒行われているのでしょう。

町内に人の気配は無く、建物が並んでいるのに生活感が全くありません。
生活音や車の走行音も無く、鳥のさえずりだけが聞こえる不思議な空間。
初めて体感する人のいない街は、静かな衝撃でした。

国道6号線28居住制限区域富岡町除染袋

除染作業で取り除かれた土砂や植物等は、除染袋と呼ばれる黒い袋に
入れて一時保管されます。
町の郊外には、黒い除染袋が沢山並んでいました。

国道6号線29居住制限区域富岡町内

地震で崩れ落ちた瓦がそのままになっています。
瓦が落ちた屋根にはシートが被せてありますが、風化しつつあります。
震災後、多く見られた光景が、ここではそのまま残っています。
こうした光景を見ると、震災時の苦労した頃の事が思い起こされます。

国道6号線30富岡町内困難・制限区域境

桜並木が美しいメイン通りでしょうか、検問所で警備員が警戒しています。
住人がいない上に、全域カメラ監視されているという、異様な緊張感に
包まれた街。これは実際来てみないと分からない雰囲気です。

春には、ここの満開の桜が全国ニュースで紹介されていました。
「花見客がいない桜の名所」として・・・。

国道6号線31富岡町内困難・制限区域境

町中を分断する、フェンスと仮設ガードレール。
これは、居住制限区域と帰還困難区域の境界線です。
一方は帰還に向けて除染作業が行われていますが、一方は帰還の目処
は立たず放置されています。
お隣同士でも、この境界で運命が大きく異なってしまう現実。

居住制限区域と帰還困難区域で分断された富岡町夜の森地区は、東日本
大震災と福島第一原発事故の被害が、今でも続いている事を思い知らされる
場所でした・・・。

国道6号線32帰還困難区域出口

「帰還困難区域 ここまで」の看板。帰還困難区域を無事に通過しました。

ですが、富岡町から楢葉町にかけては、「居住制限区域」と「避難指示解除
準備区域」が続き、帰還困難区域ほど厳しくはありませんが住人のいない
区域が続きます・・・国道沿いの店は相変わらずどこも閉まっています。

国道6号線33楢葉町道の駅ならは

楢葉(ならは)町に入りました。
「道の駅ならは」は閉鎖され、楢葉警察署臨時庁舎となっています。
ただし、トイレだけは開放されていました。

国道6号線34広野町Jヴィレッジ入口

広野町に入りました。ここまで来ると、何の制限も無い通常地帯に戻ります。

写真は、サッカーのナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」の入口です。
サッカー日本代表も合宿する場所ですが、現在は原発事故収束のための中継
基地の役割も兼ねています。

国道6号線35いわき市入口

いわき市に入りました。福島県沿岸で、人口・面積ともに一番大きな町です。
映画「フラガール」で有名になった、常盤ハワイアンセンターがあります^^

国道6号線36いわき市波立海岸弁天島

砂浜沿いを進む国道6号線~波立海岸です。
海沿いを走るのは、開放感があって気持ち良いですね!

先に見える、海に突き出た岩場は「弁天島」と呼ばれ、初日の出のビュー
スポットとして有名らしいです。

その後、この先にある「道の駅よつくら」に寄って、常磐道で仙台に戻りました。

~~~

ICRP(国際放射線防護委員会)は、被ばく線量が年間20mSv~100mSvの
範囲に達する場合、避難を含む放射線防護措置が必要と勧告しています。

福島第一原発事故では、一番厳しい年間20mSvを基準に、避難区域が段階的
に指定されています。これを1日に換算すると3.8μSvとなります。

常盤道の広野IC~南相馬IC(49.1km)を、時速70kmで1回通行する際に、運転手
等が受ける被ばく線量は、約0.37μSv。レントゲン撮影の被ばく線量の約160分
の1となります。国道6号線での通過では、もう少し被ばく線量は上がると思われ
ますが、レントゲン撮影レベルで収まるのは確実で、通過するだけなら問題無い
という判断でしょう。

ちなみに、常盤道に設置された線量表示板によると、一番高い所で一時間約5.0
μSv以上ですので、1日3.8μSvをあっさり越えていて長居は無用という事になり
ます。富岡町夜の森に表示されていた看板では一時間約2.0μSvでしたから、
2時間は野外で滞在できない計算となります。

※mSv ミリシーベルト
※μSv マイクロシーベルト

放射能や被ばく線量の資料をネットで見てみましたが非常に難しくて・・・
自分なりに簡単にまとめただけですので、参考程度に見て下さい^^;
資料等は、以下のサイトにてご参照下さい。

> 経済産業省 国道6号等の通過について(PDFファイル)
> NEXCO東日本 常盤道を利用される方へ




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テーマ : 福島県
ジャンル : 地域情報

全線通行可能となった国道6号線の走行記 前編 岩沼市~浪江町

国道6号線は、東京都中央区日本橋から太平洋沿岸を北上して仙台市
に至る、全長345.5kmの国道です。

東日本大震災による地震、津波により甚大な被害を受けた地域を通る道で
すが・・・、
さらに、福島第一原子力発電所事故により放射能が拡散した地域でもあり、
二重苦・・・三重苦に見舞われたルートです。

放射能により帰還困難区域が設定され、ここを通る福島県内の一部区間は、
東日本大震災後より許可車両以外の通行が規制されていましたが、
2014年9月15日より、許可を必要とせず通行が出来る様になりました。

そこで、仙台からいわき市まで国道6号線を南下しながら走ってみました。
その様子を、2回に分けてご紹介致します。
今回は前編として、宮城県岩沼市から福島県浪江町の区間です。

国道6号線1岩沼国道4号線分岐

宮城県岩沼市に、国道4号線と6号線が合流する交差点があります。
国道6号線の終点は仙台市ですが、岩沼市~仙台市は国道4号線との
重複区間となっています。
国道6号線の単独区間が始まる岩沼市から、南下を開始です。

国道6号線2亘理

阿武隈川に掛かる長い橋を渡り、亘理(わたり)町を走ります。

国道6号線3山元常磐道と公差

山元町では、新しく開通した常磐自動車道と交差します(山元IC付近)。

国道6号線4山元津波警戒標識

津波浸水区間を示す警戒標識です。
「ここから」と「ここまで」の2種類が設置され、浸水区間が分かる様に
なっています。
「過去の」とは東日本大震災の津波の事で、説得力があります。
津波警報等が発令された場合、この区間から早く退避します。

国道6号線5山元JR常磐線復旧工事

JR常磐線の高架橋を建設している様子。
津波の被害を多く受けたJR常磐線、流された電車の映像も多く報道
されました。
線路を山側へ移し、高架橋や築堤も多用して、新ルートの建設が進んで
います。

国道6号線6宮城福島県境

宮城県山元町から、福島県新地町に入ります~。

国道6号線7道の駅そうま

相馬市にある、道の駅そうまにて。
被害に遭った標識や、橋の部品等が展示されていました。

国道6号線8南相馬かしまの一本松

津波に耐えて1本だけ生き残った奇跡の一本松と言えば、陸前高田が
有名ですが。。。
南相馬市鹿島区にも、数万本あった松の防風林の中で、奇跡的に残った
かしまの一本松があります。

津波で何も無くなった平原に、孤独に立ち続ける一本松。
その光景を見ると、色々と考えさせられます。

国道6号線9南相馬通行規制電光表示

岩沼から、電光表示板には「二輪車軽車両歩行者通行止」と表示されて
います。
これは、福島第一原発事故による帰還困難区域は、自動車しか通れない
という意味です。

国道6号線10南相馬津波浸水区域

三角の警告標識は、津波の浸水区域内を示すものです。
何も無い~雑草に覆われている更地が広がっています。

「猪と衝突」と書かれた立て看板も多く見られます。
福島第一原発事故により住民が避難して人がいなくなった為か、野生の
動物等が頻繁に出現する様になったそうです。
ペットや家畜が野生化した例もある様です。

国道6号線11浪江国道沿い

浪江町へ入りました。写真で見ると、そこにでもある国道沿いにロードサイド
店が並ぶ風景ですが、実は国道沿いの店はどこも閉まっています・・・。

浪江町は、現在「避難指示解除準備区域」に指定され、除染、インフラ復旧、
雇用対策など復旧・復興のための支援策を迅速に実施し、住民の一日でも
早い期間を目指す区域。とされています。
要するに、まだ住民が戻れない区域なのです。

国道6号線12浪江バリケード

唯一開いていた、コンビニのローソンに立ち寄りました。
他の店は閉まっていて、しかもフェンスで遮断されています。
奥のガラス張りの大きな建物は「浪江町役場」ですが・・・現在、役場の機能は
二本松市へ移転しています。

国道6号線13浪江バリケード

国道から町内へ通じる道路は、フェンスで封鎖されています・・・。

国道6号線14浪江バリケード

国道114号線で少し浪江町内を走ってみました(国道6号線~常盤道:浪江
ICのみ通過可能)。
道路沿いにフェンスが並んでいるのが分かりますでしょうか?
通過出来るだけで、道路から出れない様になっています・・・。
住人は、条件付きで一時帰宅できる様ですが、基本的に無人の街です。

国道6号線15浪江検問所

町内へ入れる箇所は検問所が設けられていて、警備員が常駐していました。
一時帰宅する住人や、復興事業関係者等のみ通れるのでしょう。


国道6号線を、岩沼市から浪江町まで走った様子でした。
津波の被災地を目の当たりにし、警戒標識も多く見られました。

岩手県や宮城県沿岸では大規模な復興工事が進んでいますが、福島県沿岸
では、そういった大規模な工事はあまり見掛けませんでした。
これも、福島第一原発事故により簡単に人が住めない状況が影響しているの
でしょう。
実際、避難区域である浪江町は無人の町となっていて、東日本大震災の影響が
収束していない現実を見せつけられました。

次回は更にハードになります。双葉町からいわき市へ~帰還困難区域を通過
した様子を紹介予定です。

> 経済産業省 国道6号等の通過について(PDFファイル)
> 福島県観光交流局観光交流課 かしまの一本松




テーマ : 福島県
ジャンル : 地域情報

被災地訪問 津波でビルが転倒した・・・女川町

宮城県女川町は、牡鹿半島の根元にある町です。

東日本大震災の地震では震度6弱を記録し、高さ17~20mの津波が
押し寄せて、町中心部は壊滅しました。
津波はさらに、川や道路をつたって2kmも遡上し、山間の集落も襲いま
した。

女川状況1女川港

高台にある女川地域医療センターより、女川港を望みます。
目の前に、倒れた4階建てのビルが見えます。
女川町の中心部では、複数のビルが転倒しました。

女川状況2転倒ビル

津波で、鉄筋コンクリート製の建物が倒壊するのは非常に珍しいとされて
いますので、この光景は大変貴重なものです。
地面の液状化現象と、津波の勢いや浮力が重なって、建物が転倒したと
されています。

女川状況3転倒ビル

ビルの基礎が丸見えで、通常はありえない光景です。
それだけ、女川を襲った津波の破壊力が凄まじかった事を、一目見ただ
けで感じる事ができます。

町の復興が進むにつれて、こうした転倒した建物も解体されていき、現在
は2棟だけ残っています。
最終的に、旧女川交番のみ震災遺構として保存するべく検討されている
様です。

※追記 2014.8.31
 上記写真の倒壊した建物は「江島共済会館」で、女川沖の離島・江島の
 住民の宿泊施設等の共済施設でした。
 復興事業の進展に伴い、かさ上げ工事の支障となるため、今年11月以降
 より解体作業に着手する事が決まりました(河北新報2014.8.31記事より)。

女川状況4岸壁堤防

女川港では、破壊された岸壁や堤防が少しだけ残っていました。


女川状況5町内

町の中心部は、今では綺麗に整地されています。
高台では、震災復興住宅の建設が進んでいます。

壊滅したJR女川駅も、元の場所より内陸側に移設されて、2015年春に
再開するべく工事が進んでいます。

女川状況6女川港

女川港も、新しい建物が建てられ、復旧が進んでいます。

「震災遺構」に代表される~震災被害が分かる光景も、復興事業の本格化
により、スピードを増して姿を消しています。
地震や津波の恐ろしさを教訓とすべく、現地を訪れて五感で感じる事は大切
な事だと思います。
訪問を検討されている方は、早めに足を運んだほうが良いと思います。


宮城県の津波被災地の状況等がまとめられた、来訪者・観光者向けのサイトです。
> みやぎ復興ツーリズムガイド



女川は、牡蠣の養殖が盛んな産地です!


宮城名物の「笹かまぼこ」。
女川町にある、「蒲鉾本舗・高政」より直送します。


テーマ : 宮城県
ジャンル : 地域情報

プロフィール

sendaidora

Author:sendaidora
ようこそ当ブログへ!右肩と申します。

お金も時間もありませんが、ドライブした
らとりあえずUPします。
なのでドライブの記録の装置という訳です


経済的自由を得て、好きな時に好きな所へ
ドライブできる様になりたいなぁぁぁ^^;

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