被災地訪問 JR気仙沼線:志津川駅から~戸倉地区まで南下

東日本大震災の津波で、壊滅的な被害が出た町のひとつとして、震災時に
数多く報道された南三陸町

前回は、町の中心部である志津川地区について紹介致しましたが。。。
(国道398号線の跨線橋より、志津川中心部を望む)
南三陸町志津川15


今回は、JR気仙沼線の状況を中心に、ご紹介したいと思います。

気仙沼線は、石巻市の前谷地駅と気仙沼市の気仙沼駅を結ぶ、JR東日本の
鉄道路線です。
全長72.8kmで、1977(昭和52)年に全通した、宮城県の三陸沿岸を縦貫
する路線です。それゆえに津波では大きな被害を受けてしまいました・・・。


東日本大震災の前の志津川駅です。

築堤に、線路と屋根付きのホーム(3番線まであり)、その手前に平屋建ての小奇麗な
駅舎がありました。気仙沼線の中でも、列車が交換できる中核的な駅でした。

南三陸町志津川16志津川駅1被災前


東日本大震災後・・・現在の志津川駅です・・・その落差はご覧の通りです・・・。

中央のトンネル(?)は、駅舎からホームへの連絡通路です。その手前にあった
駅舎は跡形もなくありません。

代わりに、鉄道代行バスの停留所となり、右側のプレハブはバスの待合所です。

南三陸町志津川17志津川駅2


ホームの様子です。

ホームの一部と、下へ降りる階段のみが辛うじて残っています・・・。
ホームに掛かっていた屋根や、ホーム自体も一部は流されてしまい、線路は
全て撤去されていました。

南三陸町志津川18志津川駅3ホーム


志津川駅前の様子です。

立ち並んでいた建物は姿を消し、残っている建物も、津波の破壊力をそのままに
伝えています・・・。
建物の3階まで~壁が無くなり骨組みだけになっています。
南三陸町志津川では、15mもの高さの津波が襲いました。

南三陸町志津川19志津川駅4駅前


津波により甚大な被害を受けたJR気仙沼線は、柳津駅~気仙沼駅について、
復旧の目処さえ立っていません。列車の代わりにバスが運行されています。

志津川駅を出発する代行バスです。

南三陸町志津川20志津川駅5代行バス


柳津駅~気仙沼駅は被害が甚大で、高台移転等の今後の土地利用方法が
定まらないと、復旧ルートも決められない事もあり、現在は復旧の目処は
立っていないのが現状です。

この為、暫定処置として、
BRT(バス・ラピッド・トランジット Bus Rapid Transit)
という方式で、2012年8月20日より、鉄路を専用バスが営業を開始しました。

南三陸町志津川21BRT開通20120820

線路を舗装してバス専用の道路とし、そこにバスを走らせます。
バスは一般道路も走りますが、専用道路を走る事で定時性が確保されます。

しかし、元々存続さえ危ぶまれていたローカル線でしたので、鉄道を復旧しない
実績作りではないかと、地元の危機感は強いです。


志津川駅の南側、線路の築堤は津波で流され、コンクリートの橋だけ残っていま
した・・・。
(緑色点線が、本来の線路の位置です)
南三陸町志津川22線路築堤




志津川駅を離れ、国道45号線を、仙台方面へ南下します。

津波で流された橋・・・の代わりに作られた仮設橋を通過します。

南三陸町志津川23国道45号仮設橋


緑の木々の間から、穏やかな太平洋が見えます。
三陸沿岸は、この様に海が綺麗な海岸です。

南三陸町志津川24国道45号


町の郊外の海岸沿いにある、南三陸温泉こと「ホテル観洋」を通過します。

南三陸町志津川25ホテル観洋

国道から見ると、それほど大きなホテルには見えませんが、下の画像の通り、
海側から見ると、大きなホテルである事が分かります。

震災時は避難所として利用されていましたが、現在では営業再開しております。

太平洋を見渡す露天風呂が、一番のおススメの宿です!
気仙沼港の問屋が経営しているので、魚介類の料理も美味しいです。




国道45号線は、始点の仙台から内陸部をず~と走りますが、ここ南三陸町で
初めて、この様な広大な太平洋を望む事ができます。
(途中、松島でも海岸沿いを走りますが、海を見渡せる様な状況ではありません)

山を抜けて見える海。。。この開放感はドライブの醍醐味ですね(^^)

南三陸町志津川26国道45号線


やがて、志津川の南側にある漁港、戸倉地区を通過します。
ここも、津波により集落がほぼ全滅しました・・・。

南三陸町志津川27戸倉地区


国道の左手には、JR気仙沼線の陸前戸倉駅がありました。
(画像の茶色点線)

遠くに見える海から津波が襲い、駅や線路、そのほか集落の建物は破壊されました。
津波による塩害で、杉の木が枯れている様子が見えます。

南三陸町志津川28陸前戸倉駅

この後、峠を越えて内陸部へ走り、沿岸部から離れました。
改めて、津波の破壊力と恐ろしさを全身で感じた次第です・・・。

以前の様な、活気があり安心して住める町への復興を願うばかりです。
三陸海岸は、とにかく海が綺麗ですので。。。


> 備蓄のススメ 東日本大震災の被災経験より準備すべきものを紹介



快速「南三陸(仙台-気仙沼)」として、気仙沼線を走っていた
キハ110型車両。

普通列車として気仙沼線を走っていた、キハ40・48型車両。


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Comment

No title

どこを見ても震災の爪跡は甚大で愕然とするばかりです。

あの美しい景色に溶け込んだ人々の暮らす風景が戻るのはいつだろう、戻る日が来るのだろうかとさえ思ってしまいそうです。

めげずに頑張って欲しい、東北!

自由人さん

町の中心部は、住める建物は無いのでゴーストタウンなのですが、
車や人の往来は多いので、この人々はどこから沸いてくるのだろう?
と思うと、不思議な感じがしました。
(実際は、仮設住宅に分散して住んでいるのですが)。

以前の様な、綺麗で活気のある田舎への回復を願うばかりです。

No title

まだまだ復興までかかりそうですね。
災害の爪あと、やはり災害の大きさをものがたってますね。
仮設住宅、不便でしょうね。
何年かかるのかなあー

No title

こんばんは!
震災当時と比べると、だいぶ緑が増えたように見えます。
それとは逆に、建物なんかはほとんど変わっていないようですね・・・。
特に現在の志津川駅、震災からそこそこ時間が経ってるのに、復興の予兆すら見えないのが悲しいです・・・。
最近テレビでは、こういった今の風景を伝える番組が減ってしまっているので、こういった被災地のお写真は参考になります。
貴重なお写真をありがとうございます。

ちなみに下の写真のキハ40、持っております(笑)

コメントありがとうございます!

>ベルボトムさん

津波が来た地域は、今後どのように津波対策をしながら土地を整備するか
まだ決まっていないので、皮肉にもそのままの状態で残っている状態です。
もうすぐ1年半ですが、その被害の大きさを実感できる状況です。。。
仮設住宅は高台の不便な所に分散しており、車を運転できないお年寄りも
多く、不便な生活だと思います。

>きみひと@さん

>震災当時と比べると、だいぶ緑が増えたように見えます。
草が生えてきて緑色の風景に~茶色い剥き出しの大地を想像していたので、
ちょっとビックリしました。
気仙沼線はどうなってしまうのでしょうか・・・ふたたび列車が走る事を願います。

自分も、KATOのキハ40持ってたりします・・・汗



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